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Review

佐藤ひでこ紹介文1

 

 2020年の2月のこと、筆者は、思いがけずして非常に幸福な体験に遭遇することになった。それは、佐藤ひでこ氏の演奏との出会いである。彼女は、東京音大を卒業後、ダン・タイ・ソンの直弟子となって各国で多くレッスンを受けた他、ポーランドのショパン・アカデミーやクラコフ音楽院でも学んだピアニストである。それ以後は、ヨーロッパ各地で研鑽を積みながらかなり華やかな活動を行っていた模様であるが、1995年に帰国した直後にフォーカル・ジストニアを患い、約21年間試行錯誤し続けた結果、彼女独自の鍵盤リハビリのみで2016年に完治したという数奇な運命をたどった人物である。そして、思いがけない運命に苦しめられた彼女は、シャープな感性と純粋無垢で真摯な音楽性の持ち主であり、そのナイーヴな心で各作品に秘められたロマンや作曲家の心情を豊かに感じ取り、それを物おじしないで大胆に前面に押し出すことによって、とても純度が高くセンシティヴな表現を聴かせていた。彼女独特の透明度が高く磨き上げられた音楽は、感情表現の豊かさに於いてもみるべきものがあったが、そうした演奏を聴きながら筆者の心に浮かんできたのは、「あるいは神は、彼女の魂と音楽を一層清め、さらに純粋なものへと磨き上げるために、難病というかたちで厳しい試練を与えたのではないだろうか」といったとりとめのない空想であった。彼女の音楽は、それ自体としては極めて自然でクセのないものであり、透明度の高さや特有の清らかさを随所で強く印象づけていたが、音楽をこうした捉え方ができることは、別の角度から考えると非凡な個性以外の何物でもなくこのピアニストが非常に貴重な才能を有している事実を実感させた。ここまで以前に執筆した批評文を流用しながら彼女の独自性について語ってきたが、今回こうして彼女のデビュー盤がリリースされるのは、筆者としても大変嬉しいことである。ここに聴く彼女の演奏は、以前のリサイタルの時と本質的には違いがないが、さらにその持ち味が磨かれていることが好ましく、そこでは、作曲家の魂と彼女の魂との邂逅が実現されている様相をも随所で感じ取ることができたのである。
                                                  
            柴田龍一(フォンテックCD FOCD9889ライナーノートから転載)

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モーストリークラシック2023年12月号よりインタビュー記事

佐藤ひでこ
佐藤ひでこ
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1962年、東京都生まれ。3才より母の手ほどきでピアノを始める。東京音楽大学ピアノ科卒業。飯守美絵子、山口喜久子、志村安英、井口愛子、関根有子、中島和彦の各氏に師事。21歳の時、ダン・タイ・ソンの演奏に魅了され、のちに弟子となる。また、ポーランドやカナダなどにてゲンリッヒ・ネイガウスやエミール・ギレリスの孫弟子になり、研鑽を積む。1995年の帰国直後、局所性ジストニアに罹患し演奏活動停止。約21年間試行錯誤し続けた結果、独自の鍵盤リハビリにより2016年初頭に完治させた。2018年、23年ぶりに浜離宮朝日ホール他で復帰リサイタルを開催。

「ここまで頑張ったんだよ、

というとこを演奏でお見せしたいです。」                                                 

「佐藤ひでこは、局所性ジストニアと呼ばれる運動障害を克服し、演奏活動を再開したピアニストだ。約21年もリハビリに取り組み、2016年に完治。今は医大でジストニア克服の研究を演奏と並行して進めつつ、11月6日にCDのリリースを記念した演奏会を東京文化会館小ホールで開く。                                         

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魅了されたダン・タイ・ソン

独自のリハビリで病を超越

 

佐藤は、1983年にダン・タイ・ソンの演奏するショパンのピアノ協奏曲第1、2番を聴き、ピアノ演奏に魅了された。「まず音の美しさ、そして音から音への滑らかさに感銘を受けました。宝石の粒のようなポルタメントや、自然なノン・レガートが、作曲家の内なる心を表してると感じました」と話す。ダン・タイ・ソンとは知人の紹介を通じて知り合い、レッスンを受けるようになった。

 その後は旧ソ連・白ロシア共和国(現ベラルーシ)よポーランド、カナダでピアノを学び、ロシア楽派のネイガウスやギレリス門下の先生たちの薫陶を受けた。「腕全体を楽器として、脱力して弾くことを学びました」

 しかし、1995年に局所性ジストニアの発症により演奏活動の停止を余儀なくされた。

 ピアニストの場合、繊細な反復練習を続けることが原因として指摘されている。「ジストニアは奏法の混乱だと思っています。不自然な身体の動きを視認して、それを脳が記憶してしまうことの積み重ねによって生じます」と佐藤は語る。ジストニアは決して特別な病ではなく、ピアノ学習者にも罹患の可能性がある。佐藤は、自然な身体の使い方を意識した独自のリハビリを続け、演奏活動を再開するまでに回復した。

自然な指の動きとは何か

正しく治療する大切さを伝える

 

 現在、佐藤は演奏活動と並行し、順天堂大学大学院の医学研究科でジストニア克服のメカニズムについて研究を行っている。「論理的に自然な指の動きとは何かについて整理していきたいと思っています」と、研究の展望を語った。

2023年12月号モーストリークラシック表紙

   

CD リリース記念

佐藤ひでこ ピアノリサイタル

11月6日(月)19:00

東京文化会館小ホール

ショパン:夜想曲 Op.55-2

シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番

ショパン:舟歌

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番

■ 合せ:ミリオンコンサート協会

    ​  ☎03-3501-5638

 11月の演奏会では、「自分が聴いて感動し、さらに実際に弾いて、表現に納得感が得られた曲を選んでいます」と話し、ショパン、シューベルト、ベートーヴェンの作品を披露する。「自分一人の力だけで、リサイタルや録音ができるまでになったわけではありません。ここまで頑張ったんだよ、ということを演奏でお見せしたいです。そして、ジストニアは正しく治療すれば必ず回復するということを、もっと伝えていきたいと考えています」

音楽の友2023年11月号よりインタビュー記事

Hideko Sato

■公演情報

CDリリース記念

佐藤ひでこピアノリサイタル

〈日時・会場〉11月6日19時・東京文化会館 小ホール

〈曲目〉ショパン「夜想曲第16番」、シューベルト「ピアノ・ソナタ第13番」、ショパン《舟歌》、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第31番」

〈問合せ〉ミリオンコンサート協会03-3501-5638

■CD

『DE PROFUNDIS』

〈演奏〉佐藤ひでこ〈曲目〉ショパン《舟歌》、同「ノクターン第16番」、シューベルト「ピアノ・ソナタ第13番」、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第31番」(フォンテック)

佐藤ひでこ
2023年11月号音楽の友 表紙

いまいちばん弾きたい曲、たまらなく好きな曲を弾く

                            取材・文=伊熊よし子

                            写真=ヒダキトモコ

東京音楽大学、旧ソ連とポーランドで学び、数奇な運命に翻弄された佐藤ひでこ。その後、ダン・タイ・ソンの演奏に惹かれ、彼に師事することで魂が救済されたが、ジストニアを患い、一時は演奏ができなかった。それを長年かけて乗り越え、いまはその研究にも携わっている。そんな彼女が「今いちばん弾きたい曲、たまらなく好きな曲」でリサイタルを開く。「ショパンの『夜想曲』作品55-2(第16番)は1985年にダン・タイ・ソン先生が来日公演で引いた曲で、思い出が詰まっています。最初の♭の音がシーンとした会場に鳴り響き、私の夢が始まるのです。シューベルト『ピアノ・ソナタ第13番』はダン・タイ・ソンレッスンを受けた曲。とてもチャーミングな曲で、毎日弾くたびに新たな発見があり、音色の七変化に驚かされます」

 ダン・タイ・ソンの話になると、佐藤ひでこの表情は一気に温かく柔和な表情になる。

「ショパン《舟歌》は、色彩感豊かで場面ごとにそれが変容していく。そのグラデーションをいかに表現するかが難しいですね。ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第31番』は、ぜひプログラムの最後に弾きたかったのです。人生の集大成のような意味合いを備え、しかも苦しさや辛さのなかにひと筋の光が見える。私は病や人生と闘ってもがいてるとき、その光を見つけ、脱皮したいと願いました。ベートーヴェンの作品はそういう強靭な力を有しています」

 ロシア奏法を体現し、鋭敏な感性に基づき本能で奏でる演奏は、聞き手の心を揺さぶる。                                                  

1962年生まれ、東京都出身。1978年東京音楽大学付属高校

ピアノ演奏家コース等を経て、東京音大ピアノ科に入学。その後

旧ソ連ミンスク音楽院、ポーランド国立ショパン音楽院研究科、

国立クラコフ音楽院研究科で研鑽を積む。その後、ジストニア

を患い、演奏活動停止。約21年間試行錯誤し続けた結果、独自の

鍵盤リハビリのみで2016年初頭に完治した。

佐藤ひでこ

 

​ピアノ

音楽現代2023年11月号よりインタビュー記事

佐藤ひでこ

 

★プレビュー・インタビュー

CDリリース記念

佐藤ひでこ(ピアニスト)

ピアノ・リサイタル

純粋なクラシック音楽の名曲を

1人でも多くの方に

聴いていただきたいと…」

聞き手=編集部

2023年11月号音楽現代表紙

 Preview Interview ​

ジストニアを克服し、考案したリハビリ法と、発症解明の研究論文を世界に発表する予定というピアニストの佐藤ひでこが、CDリリース記念のリサイタルを開く。

ーショパン、シューベルト、ベートーヴェンの王道ラインナップのプログラムですが、選曲の主旨と各曲の魅力をお話しください。

佐藤 プログラムは作曲家の感性を心の奥から感じて感動できる曲を選曲しています。1987年からの恩師ダン・タイ・ソン氏が、1990年のワルシャワでのショパン国際ピアノ・コンクールのプログラムへのアドバイスとして、自分で感動できない曲は聴衆に感動を与えることはできない、と助言をいただきました。

 曲の魅力ですが、「ノクターン」は特に内声部に心の奥に隠された「ためらいのあるため息」が魅力的。「バルカローレ」は虹が変化していくような音色の変化、叙情的に情景が刻々移り変わっていくこと、シューベルトはチャーミング、透明感があって美しい。ベートーヴェンは特に第3楽章、迷い迷い何度も地獄に突き落とされ、幾度も這い上がり、最後には一筋の光から導かれ、精神の昇華への刻々とした歩みを刻んでいく…祈りだと思います。

ージストニアに罹患されたそうですが、再起までのご苦労を教えていただけますか

佐藤 私がジストニアで完全に演奏活動を停止した1995年頃は、音楽家ジストニアという言葉も世の中では浸透していなく、先生や周りの方々からは単なる我儘と言われたり…ピアノを弾かないピアニストとも言われたりしました。2008年の再悪化時には、ピアノを弾こうと考えただけで親指と中指が巻き込み、手首も内側に曲がる症状が出ていました。

このままでは悪化するばかりと思い、まず鍵盤に触れても症状が出ない方法はないかと考え抜いた結果、突然ひらめいた方法がきっかけとなり、鍵盤リハビリ法考案に移行して2016年完全に元の機能を取り戻すことができましたが、1989年発症から完治までの約27年間は途方もない年数でした。

 昨年1月、横浜市立大の脳神経内科医の長谷川修名誉教授との共著の論文「音楽家ジストニアの発症機序と治療への考え方」が日本病院総合診療医学会誌にアクセプトされ、それがきっかけとなり、今年4月から順天堂大学大学院医学研究科の修士課程で神経学を専攻し、医学部長及び医学研究科長の服部信孝主任教授と富沢雄二准教授のご指導を受けています。自分が考案したリハビリ法とクラシック・ピアノ奏者ジストニアの発症解明の考察のエビデンスを研究、世界に論文を発表する予定です。ジストニアで苦しんでいるクラシック・ピアノ奏者が1人でも多く完治できるように頑張ります。

ー今後の演奏活動に対する展望を教えてください

佐藤 偉大な作曲家たちが残してくれた深い感性を表現した名曲と真摯に向き合い、作曲家の心をより深く表現できるように研鑽を積んでいくことです。近年衰退している純粋なクラシック音楽の名曲を、より深く楽譜の裏側にあるものを表現し、1人でも多くの方に聴いていただき、クラシック・ピアノが美しいと知っていただきたいと思っています。

♪曲目:ショパン / 夜想曲変ホ長調op55-2、シューベルト / ピアノ・ソナタ第13番イ長調D664op120、ショパン / 舟歌嬰ヘ長調op60、ベートーヴェン / ピアノ・ソナタ第31番変イ長調op110

♪11 / 6・19時、東京文化会館小ホール

♪ミリオンコンサート協会

       (☎03-3501-5638)

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時事ドットコムニュース【今月のクラシック】

佐藤ひでこ ファーストアルバムCD【DE PROFUNDIS】

佐藤ひでこ『De Profundis』フォンテック                                                

音楽評論家・柴田龍一

【目次】
 ◇佐藤ひでこ(ピアノ)『De Profundis』
 

 佐藤ひでこは、東京音大を経てロシア、ポーランド、カナダに留学し、国際コンクールでも成果を挙げたピアニストである。帰国後にデビューを飾った直後、ピアノジストニアで演奏活動を停止に追い込まれたものの、自身が開発した鍵盤リハビリ治療法のみで完全に元の機能を取り戻し、演奏活動を再開するまでに至った。現在の彼女は、順天堂大医学研究科の修士課程に在籍しながら、コンサートや録音の活動を続けている。<深き淵>を意味するタイトルのこのアルバムは、そうした彼女のデビュー盤であり、そこでは、20年以上の闘病が彼女に大きな精神的成長をもたらし、独自の非常に深い世界を切り開いたことが如実に示されていると言って良いだろう。

 繊細で透明度の高いピアニズムの持ち主である彼女は、同時にすこぶるナイーブで感じやすい感性を有しており、自分が感じ取ったその純度の高い音楽を物おじせずに堂々と表現して、筆者に深い感銘を与えてくれた。ショパンの2曲(『舟歌』『ノクターン第16番』)は、とにかく驚くほどキメの細かい演奏であって、そのセンシティブな表現には、ショパンの音楽を深く追体験した者のみに可能な人間的な感情の機微が随所に息づいていた。そして、シューベルト『ピアノ・ソナタ第13番』では、その純粋無垢(むく)な叙情的表現の質に特に見るべきものがあり、これほどまで清らかに歌い上げられたこのソナタの演奏は、筆者がこれまでに接したことがなく、そこで繰り広げられている天国的な世界は、あらゆる聴き手を引き付けるアピールを放っていた。

 しかし、このアルバムの白眉は、何と言っても最後のベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第31番』であると指摘されなければならない。最晩年の傑作の一つとして誉れ高いこの作品は、確かに楽聖の精神美の極致を象徴する名作の一つに他ならないが、佐藤のアプローチは、それを筆者の想像を上回るほどまでに掘り下げており、特にフィナーレなどは、身震いするほどの神々しさを感じさせた。(フォンテック)

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ぶらあぼ2020表紙

ぶらあぼ 2020年2月号 (Pick Up) より

佐藤ひでこピアノリサイタル

苦難を超えて突き詰める、美しい音色の世界 
 
佐藤ひでこは東京音楽大
学経てポーランドに渡り、同地を拠点にロシア、カナダなど世界を巡って研鑽を積んだピアニスト。名教師であるロシア・ピアニズムの伝道者であるゲンリフ・ネイガウス20世紀を代表するピアニストのエミール・ギレリスの孫弟子としてロシア・ピアニズムを会得し、自らの研究した奏法を結び付けて独自の奏法を編み出している。帰国直後の1995年にはフォーカル・ジストニアに罹患。21年に及ぶ懸命なリハビリを経て、見事に完治。2018年のリサイタルは大盛況となった。美しい音色が高く評価されている佐藤が今回演奏するのは彼女の”核”ともいえるショパンのピアノ・ソナタ第2番をはじめ、シューマンの「蝶々」とブラームスの「三つの間奏曲」。いずれの高い技術と歌心、そして研ぎ澄まされた高い音色が求められる。常に奏法を研究し、音色に対する強いこだわりをもつ彼女だからこそ展開できる音世界をぜひ味わってほしい。
                                                     
 文:井進之介

ショパン2020年4月号 表紙

ショパン 2020年 4月号より

2月27日 / 東京文化会館小ホール 佐藤ひでこピアノリサイタル
佐藤ひでこ
「スコアの彼方から聴こえてくるファンタジー」
奏者は、ロシアンピアニズム教祖ゲンリヒ・ネイガウスの弟子やダン・タイ・ソンに師事し、ワル シャワ他ヨーロッパ各地、カナダで研鑽を積むが、帰国直後フォーカル・ジストニア発症。
21年におよぶ闘病の末2016年に完治、演奏活動再開。冒頭のブラームス《3つのインテルメッツォ》第1曲を耳にした瞬間、その優しさと暖かさに満ちた響きに引き込まれる。 遠い過去に万感な思いを馳せ、全てを許し、また受け入れるかのよう……。第2曲も、旋律とバスとの調和が美しく、音楽の真実にあふれる。第3曲は、波立つ心に、かすかな希望と祈りが訪れるよう……。次に、シューマン《パピヨン》。何と自由に美しく飛翔する音楽だろう!ポエジーと香り立つロマンティシズムが聴くものにファンタジーを贈り届ける。後半はショパンのピアノ・ソナタ第2番《葬送》。デモーニッシュなスタートからすでにただならぬ表現力を感じる。決してアグレッシブにならず、絶えず優しさと気品が漂う一方、劇的な表現力を有し、音楽そのもののスケールが大きい。2楽章も緊迫感から一転ノスタルジックな中間部が美しい。3楽章の葬送行進曲は悲しみを深く個人的にとらえ、荘重な中、突き抜けるような透明な音楽が流れる。中間部の歌も限りなくピュアで優しい。フィナーレは幽玄で厳粛。最後の一音を敢えてPPで表したところに奏者の深い意図を感じた。

​                                                        藤巻暢子)

音楽現代2020年5月号 表紙

音楽現代 2020年5月号より

演奏会評 ピアノ・鍵盤楽器から 
佐藤ひでこ ピアノ・リサイタル


この日も振袖で履物なし。上体が固定されて無駄な動きなく
、案外弾きやすいのでは。ただ聴き手にとって着物姿は重要でない。ブラームス /  3つの間奏曲作品117は自分を消していくように黙考から入っていった。寂寥感で覆われる。ドイツ・ロマンが幽玄と結びついた淑やかな歌い。ゆったりとした腕の上下動が手首を軸に指の圧を微調整する、ロシア奏法。しかも求める音がそうさせている。シューマン / パピヨンも詩を朗読するような抑揚がつく。どのモチーフも閃きに溢れ、着想がはじける。ショパン / ソナタ2番の大きな跳躍に難はなかった。1楽章、独特のシンコペーションを刻みながら長大なフレージング、やはりロシア流。〈葬送〉の悲しみはありえないほどの心底に沈み、プレスと楽章はまさに再創造。時間が圧縮され、リレーフのような造形を浮かび上がらせる。身を投じるあまりもったいない場面もあったが、場数の問題だ。比類ないピアニストでありアーティストを今後もフォローしていく。
                                
     
         (2月27日、東京文化会館小ホール)
                                                          (高塚昌彦)

ムジカノーヴァ2020年5月号 表紙

ムジカノーヴァ 2020年 5月号より

演奏会批評 関東の演奏会から
佐藤ひでこ
佐藤ひでこは、東京音大を卒業後、ダン・タイ・ソンの弟子となって各国でレッスンを受けた他、ポーランドのショパン音楽院やクラコフ音楽院も修了したピアニストである。それ以後の彼女は、ヨーロッパ各地で研鑽を積みながら演奏活動を行っていた模様であるが、1995に帰国した直後にフォーカル・ジストニアを患い、約21年間試行錯誤し続けた結果、独自の鍵盤リハビリのみで2016年に完治したという数奇な運命をたどった人物である。そして 、当夜の彼女のリサイタルでは、ブラームスの《3つの間奏曲》、シューマンの《パピヨン》ショパンの《ピアノ・ソナタ第2番「葬送」》が演奏された。佐藤は思いがけない運命に苦しめられた一方、非常にシャープな感性と純粋で真摯な音楽性の持ち主であり、そのナイーブな心でそれぞれの作品に秘められたロマンを豊かに感じ取り、それを物おじしないで大胆に前面に押し出すことによってとても純度が高くセンシティブな表現を聴かせていた。彼女独特の透明度が高く磨き上げられた音楽は、感情表現の豊かさにおいてもみるべきものがあったが、そうした演奏を聴きながら筆者が感じたことは、「あるいは神は彼女の魂と音楽をさらに純粋なものに磨き上げるために、病気というかたちで厳しい試練を与えたのではないだろうか」といったとりとめのない空想であった。彼女の音楽は、それ自としては極めて自然でクセのないものであり、透明度の高さや特有の清らかさを随所で強く印象づけていたが、音楽をこうした捉え方ができることは、別の角度から考えると非凡な個性以外の何物でもなく、このピアニストが非常に貴重な才能を有してる事実を実感させた。今後の活躍が楽しみであり、大輪の花を咲かせてくれることを祈りたい。                                  (2月27日、東京文化会館小ホール)柴田龍一

​佐藤ひでこ紹介文2

 

 佐藤ひでこの演奏を聴いたのはいつのことであったか...プロコフィエフの戦争ソナタを弾いていたのだがそれは凄まじいまでのテンションであった。音に対しての非常に鋭敏な感覚を持っており美しい音はもちろんのこと必要とあらばきつい音を出すことも厭わない。堅苦しいピアニストが多い中なんという爽快感であろうか。その上楽譜に囚われずその裏にあるものを本能的に感じ取って演奏している。作品からここまで色々な要素を読み取り指に伝えることのできるピアニストはそういるものではない。また、瞬間の閃きを大事にする為意外な表情や想像を超えたものが生まれるのだ。その表情それぞれが切れ込んだいわゆる攻めの表現なので聴き古された曲も何が起こるかわからない楽しみがある。構成も素晴らしい、このプロコフィエフもまず客観的に しかしどっしりと構築されており堅牢な建築然とした様相であった。この類い稀な構成力と野性本能的な躍動、即興性が結び付いた時、演奏としてはもうこれ以上何を望もうということになってしまう。当然の事ながらショパンもまったくもって独創的であった。葬送ソナタの終楽章など信じられない音が浮かび上がり恐ろしい程の集中力のもと美しくもグロテスクな世界観を作り上げていた。演奏を聴くというよりも固唾を飲んで見守る様な体験であった。これこそ真の芸術というべきであろう。

 佐藤ひでこの別の顔として完治が難しいとされるピアノジストニアを発症するも自身のリハビリのみで完治させたほぼ前例のないピアニストというものがある。その経験を基に自ら学会で発表する程学究肌の面も併せ持つ。現在治療法もまとめ上げられているという。佐藤ひでこは様々な意味で稀有なピアニストなのである。

                                                                               森 曠士朗 (音楽評論家)

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ブラーボ2018/5

ぶらあぼ 2018年5月号 (5月の注目公演) より

佐藤ひでこ(ピアノ)
5/30(水)19:00浜離宮朝日ホール

東京音大からポーランドやカナダに学び、国際派ピアニストとして将来を嘱望されていた矢先、難病に侵され やむなく活動を停止した佐藤ひでこしかし、2年前に奇跡的に回復を果たし、今年3月には「23年ぶり」のリサイタルを成功させた。今回はベートーヴェンの31番、シューベルト第13番、プロコフィエフの第6 番と3つの名ソナタを軸に。蘇ったロシアン・ピアニズムで紡ぐ美音に、奏でる喜びを託す。
                                      
           ​      (文・笹田和人)

                        

ショパン2018年8月号 表紙

ショパン2018年 8月号より

佐藤ひでこピアノリサイタル 5月30日 / 浜離宮朝日ホール
「23年ぶりのリサイタル、生命力に満ちた情緒豊かな表現」


欧州やロシアなどで学び、研鑽を積んだ佐藤ひでこは帰国後のデビュー公演後にフォーカル・ジストニアに罹り思うように動かせなくなって20年以上も弾くことができなかった。それが一昨年に完治を遂げた。この復活リサイタルではドビュッシーと三曲のソナタを選曲、まったくブランクを感じさせない優れたテクニ ックを駆使して、作曲家と作品への深い理解を思わせる真摯で様式感のある表現で聞かせた。ドビュッシーの二曲〈パックの踊り〉での軽やかさ、気まぐれの味も出しつつ、なめらかに飛びまわり、リズミカルに踊るよう、〈ミンストレル〉では神経質な空気を作りつつ、機知に富む表現で奏された。三曲のソナタ、プロコフィエフの《ソナタ第6番》をエネルギッシュに、独特の叙情性も充分表し、とりわけ第1楽章はダイナミックにやがて深みへと入り込み、終楽章では高音の際立つ疾走、第1副主題も印象的に、勢いのある弾奏で聞かせた。一方シューベルトの《ソナタ第13番》D664では自然な表現で、旋律の素朴な味を引き出し、ときに心を透くような清澄さ、とりわけ第3楽章は流麗で、リズムの魅力も感じられた。最後はベートーヴェンの《ソナタ第311番》作品110、第1楽章でのしみじみとした味わい、情緒豊かに移りゆき、第2楽章は程良く強弱がつけられ、中間部が足早かつ軽やかに表された。終楽章は内なる声のよう、切々と紡がれ、フーガでは遭進するような奏楽、その頂点は確信的で生命力に満ちあふれる弾奏となった。
                                        ​                 (菅野泰彦)

音楽現代2018年8月号 表紙

音楽現代 2018年 8月号より

佐藤ひでこ ピアノ・リサイタル

手の病のため演奏を休止、克服して開いたリサイタルは23年ぶりのとのこと。だがブランクは感じさせない。なんと着物で登場。そのユニークさは演奏にも表れる。ドビュッシー/パックの踊り、ミンストレル。音楽は凸凹豊か、抜群のリズム感で弾ませる。なのに潤いある音質。入り出のフレージングの妙、間どりも巧み。これらと繋がりよくプロコフィエフ/ソナタ6番。「戦争ソナタ 」と床の付く振袖、締め付ける帯は不思議な光景体の動きは制約され、キュービック気味になるけど、なぜかプロコフィエフに適合。打鍵はキッチリガッチリでも脱力して・・・その瞬間、どこかの>に全体重をのせ、完全に立ち上がった。でも決して乱暴ではなく、求める音に完全に奉仕。後半にシューベルト/D664、ベートーヴェン/ソナタ31番。技術を切り替え、和風の淑やかさへ移行させたが、やはりプロコのffが残って集中を削がれたよう。1日で2つの離れた高峰は避けるべき。とはいえ、見る価値もあるリサイタルは初めてだ。
                                               (5月30日、浜離宮朝日ホール)

                                                        (高塚昌彦)

ムジカノーヴァ2018年9月号 表紙

ムジカノーヴァ 2018年 9月号より

演奏会批評 関東の演奏会から
佐藤ひでこ

く患っていたフォーカル・ジストニアが完治しての復帰リサイタルだという。しかし当夜の演奏にはジストニアの影響は微塵も感じられなかった。人知れぬ苦労があったとは思うが、見事である。佐藤は良い意味で楽曲によってスタイルが変わるピアニスト。前半と後半では別の魅力があった。前半のプロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第6番》では、敢えて作品と自己の距離を取り、差し迫った焦燥感を前面に出すのではなく精緻な楽曲の構造をよく理解して、第4楽章で集中度が最大になるように全体を統一的にまとめあげていた。メカニックが安定していたからこそ、第4楽章が躍動感に満ちた演奏になったのだろう。後半では、まずシューベルト《ピアノ・ソナタ第13番》D664が演奏された。イ長調のソナタの魅力を、佐藤は心からの歌で優しく表現していた。第2楽章のパストラルは印象に残った。素晴らしかった。第3楽章は一転して、あっさりと軽やかな演奏だった。全体の構成を考えていたのかもしれないが、もう少し旋律の美しさに目を向けたほうが良かったのではないかと思う。最後はベートーヴェン《ピアノ・ソナタ第31番》が演奏された。嘆きの歌から復活して歓喜の世界に至るまでの経緯が、よく描きこまれていた。佐藤自身の思い入れもあったのかもしれないが、ドラマがあった。素晴らしい演奏だった。        (5月30日、浜離宮朝日ホール)
                                                          (伴玲児)

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ムジカノーヴァ 1995年 6月号より

佐藤 季子 ピアノリサイタル
プロコフィエフ特有の肌触りの熱演で全力投球のデビュー

 佐藤季子(ひでこ)は東京音大、ワルシャワ音楽院、クラコフ音楽院などに学び、
山口喜久子、志村安英、井口愛子、中島和彦、関根有子、ダン・タイ。ソン、カジミエシュ・ギェルジョド他に師事して昨年末に帰国した若手で、この間ヨーロッパをはじめ諸外国でコンクール、講習などを受け、またオーケストラとの協演も経験している。
 今回のリサイタルが(たぶん)日本でのデビューらしいが、そのプログラムはモーツァルトの《ソナタ・K三三二》、ショパンの《ノクターン第十六番》、《舟歌》《アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ》、プロコフィエフの《ソナタ第六番》というもの。もっともこのうち《アンダンテ・スピアナート…》はなんの予告もなく、カットしてしまった。 さてその演奏だが、過度な緊張がありあり。モーツァルトは硬質の明快な響きで音の粒立ちも好いが、そのテンポの速いこと。アレグロがプレストぐらい。第二楽章で安定した瑞々しい歌を聴かせ、両端楽章との対比を際立たせてこの曲の軽快・華麗な曲想を強調したけれど、終楽章のアレグロもまたプレストみたい。もう少しテンポを抑えて欲しかった。 プロコフィエフは全力投球の演奏。狂暴な第一楽章、第三楽章の倦怠感、終楽章の突進力など、プロコフィエフ特有の硬質の冷たい肌触りを感ずる。しかし惜しむらくは音量の割には作品の持つダイナミズムと厳しい緊張感が希薄なことが、作品の強靭な性格を弱めてる。

​                                         ​      (4月6日、津田ホール) 佐野公男

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